馬塲寿実(ばば ひさみ)
私は30代後半まで、子育て、そしてちょっと合間に仕事というスタイルで平々凡々と暮らしてしました。その頃は、とくに特別なキャリアもなく、夢や目標もありませんでした。そんな生活があまりにも暇で、子育てにも余裕が生まれた39歳のときに、なにか新しいことをしてみたいな〜と思い立ち、手始めに気軽に通えるカルチャースクールで「音訳講座(視覚が不自由な方へ本を代わりに読んで録音したりし届ける)」というのに参加しました。
当時の私は、この「音訳」という言葉をまったく知らなかったので、単に「朗読」を学ぶ講座だと勘違いをし参加した講座でした。今考えてみると、本当になにも知らなかった無知な自分に驚愕します。しかし今思えば、この勘違こそが私の大きな人生の転機となったのです。いままで、自分の中で眠っていた得体のしれない好奇心にスイッチが入るキッカケを得たのです。
宇宙に飛び出すほどの衝撃を受けた
この耳慣れない「音訳講座」というのは、視覚障害者の目の代わりになり、本や書類などを代読する練習をするものでした。まったく自分にとっては未知の世界でした。その当時の私は、視覚障害で困っている人と接したことも1度もありませんでした。ですので、目が見えない、つまり本も読めない・・という事実だけでも衝撃だったのです。目が見えなければ当然文字が読めないので当たりまえのことなのですが、そういった現実を想像する機会さへ、まったくなかった私でした。まして、すでに視覚障害者用の音声でインターネットを操作できるソフトがあり、それを使い、目の見えない人々がインターネットを使える事実なんて、宇宙に飛び出すほどの衝撃でした!
人を幸せにするインターネット技術の可能性
そのことで「インターネットの技術が人を助ける可能性」を大きく秘めていることに気がつきました。人生半ばで目が不自由になった多くの方々と接し「チャレンジする人間のたくましさ、素晴らしい可能性」を強く感じ魂を揺り動かされました。そこで、その可能性をもっと多くの人々に知って欲しいと、まずは数人の仲間たちとボランティアグループを立ち上げました。それを手始めに、数年後40代で「NPO法人ハーモニー・アイ」というNPOの組織を立ち上げ、運営することになります(10年間運営し、2018年4月の解散)。平凡な主婦だった私には、なにもかもが初めての経験ばかりでしたが、好奇心だけは人一倍ありました。自分ではそれほどの大変さも感じずに、どんどん様々な人や企業を巻き込み行動をしていき活動していきました。怖いもの知らずというのは、きっとこういうことなのでしょうか?
本の出版にチャレンジ
そして、また次に転機が訪れたのが本の出版です。
シニアやロービジョン向けのiPadの講座を企画・運営したのがきっかけとなり、最初に「50代からのiPad」という本が出版されました。その本が予想を越え、AmazonのIT関連本のプレゼントされている本では「1位」を獲得するなど大好評を得たことで、また新しい自分の可能性を広がることとなりました。お陰様で一年半の間に4冊の本を出版し、その他、産経新聞社での連載、雑誌等へ記事を提供してきました。
現在は離島で100年時代のライフシフト実験中
2018年10月から、思いきって離島の奄美大島に引っ越し、人生後半のライフシフト をしました。生活拠点を大都会の東京から移し離島という環境で、どう自分の人生が変化するのかを実験中です。